東京高等裁判所 昭和42年(ネ)589号 判決
以上認定した事実関係の下においては、控訴人は被控訴人岡野清作および斎藤善作に対し、(六)の山林につき昭和二一年三月二五日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなし、かつ、(一)ないし(四)および(七)の山林五筆の履行不能に因る損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
しかして、本件の如く、履行期を経過した後に(本件売買契約の履行期については、契約成立の日から二年以内とする旨の約定がなされていたことは、既に認定したとおりである。)売主の債務がその責に帰すべき事由によつて履行不能となつた場合には、原則として、履行不能となつた時における目的物の価格をもつて填補賠償の額を算定すべきである。本件売買契約の目的物件である(一)ないし(五)および(七)の山林六筆の価格が履行不能後に騰貴を続け、被控訴人岡野清作および斎藤善作の両名が契約解除をなした昭和三一年九月一九日当時における価格は合計約金三〇三万円余であつたことは、前記認定(先に引用した原判決の理由の説示のとおり)のとおりであるところ、被控訴人らは右解除時における右山林の価格を基準として填補賠償を求めているが、被控訴人岡野清作および斎藤善作の両名において右解除時における騰貴した価格を基にした填補賠償を請求できるためには、売主たる控訴人が履行不能の際に、右価格の騰貴すべき事情を知つていたかまたは知り得たものであることだけでなく、買主たる右両名において右解除時以前には右山林を他に処分しなかつたであろうと予想される特段の事情のあつたことを要するものと解するのが相当である。ところで控訴人の主張によれば、斎藤善作および被控訴人岡野清作は、昭和二五年一二月一〇日に本件売買契約上の権利義務を森田光邦に譲渡し、後に昭和二九年一二月二三日に同人から更に譲渡を受けて買主たる地位を回復したとし、被控訴人らは、控訴人のみぎ主張を争わない。しかし、本件両当事者のいずれからも、買主たる地位の移転が売主である控訴人との間の合意を経たことについて何らの主張がなされていないから、みぎ両度の双務契約当事者たる地位の移転は、斎藤善作および被控訴人岡野清作らの所期した法律効果を生ずるに由ない本来無効の行為である。従つて、本項冒頭に示すように、控訴人の斎藤善作および被控訴人岡野清作に対する各義務の成立が肯定される。しかし斎藤善作および被控訴人岡野清作らが昭和二五年一二月一〇日に控訴人に対する契約当事者たる地位から離脱して、その権利義務を森田光邦に移転すべき旨を同人との間において約したことは、前示のとおり被控訴人らの認めるところであり、しかも、〔証拠〕を綜合すれば、被控訴人らの自認する契約上の地位の移転は、前判示の(八)の山林について履行済みの分をも含める趣旨であり、その対価は、金六〇万円と定めたが、森田光邦は、斎藤善作および被控訴人岡野清作が係争山林八筆の買受けに際して現実に支出済みの金六万円を支払い、残金五四万円は同人らが支出していないので、同人らの債務を引きついで、控訴人に対し支払う定めであつたこと、また斎藤善作および被控訴人岡野清作と森田光邦との間になされた合意は、斎藤善作らから内容証明郵便でその頃控訴人に伝えられていたことが認められる。してみれば、かような事実関係の法律効果の点はともかく、こうした事実自体を無視して、その後である昭和三一年九月一八日の時点における謄貴した時価に関する被控訴人らの主張を肯定することは、公平の理念と信義則とに照らして、これを許すべきでない。斎藤善作および被控訴人岡野清作と森田光邦との間における買主たる地位の再移転についての合意の趣旨のいかんは、みぎの判断の妨げとならない。これを要するに、控訴人において前示価格の騰貴の事情を予見しまたは予見し得たかどうかの点の判断をまつまでもなく、被控訴人岡野清作および斎藤善作の両名は、(一)ないし(四)および(七)の山林五筆の前記解除当時の価格による填補賠償を請求できる法律上の根拠はなく、これらの山林が履行不能に帰した前示日時における価格を填補賠償として請求し得るにすぎないものといわなければならない。
しかして、前記甲第二四号証、成立に争のない乙第六号証の各記載、原審証人福田亀雄の証言、原審鑑定人福田亀雄鑑定の結果を綜合すれば、前示履行不能となつた当時における(一)ないし(四)および(七)の山林五筆の価格は、合計金五〇万二、六四九円であつたことを認めるに足り、右認定を覆えすに足る証拠はない。
したがつて、被控訴人岡野清作および斎藤善作の両名は、控訴人の責に帰すべき履行不能の結果、前示金五〇万二、六四九円の損害を蒙つたものというべきところ、右両名のなした本件売買契約の解除により(一)ないし(四)および(七)の山林五筆についての売買代金の支払を免がれたのであるから、前記損害額から右支払を免れた代金額を控訴すべき筋合である。ところで、被控訴人らは右損害額から残代金五四万円全額の控除を自陳するから、被控訴人らの右山林五筆の履行不能を理由とする填補賠償の請求は理由なきに帰し、失当として棄却すべきである。
(中西 兼築 稲田)